山口地方裁判所宇部支部 昭和43年(ワ)82号 判決 1969年10月13日
原告
山神モミエ
ほか七名
被告
藤井商事株式会社
主文
原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告ら代理人は「被告は、原告モミエに対し金八四万八七〇八円、同高に対し金二一万三九一六円、同重雄に対し金二六万五四五六円、同シヅエに対し金二一万七六三六円、同冨江、同須美子、同巌及び同俊子に対しそれぞれ金二三万七一一六円あてを各支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並びに仮執行宣言を求めた。
二、被告代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
第二、当事者の事実に関する主張
一、原告らの請求原因
(一) 訴外亡山神郷助は昭和四三年一月一一日午後四時三五分頃山口県宇部市錦町五丁目道路上において自転車に乗り道路左側を東から西へ進行中、訴外梶岡克敏が運転中の普通乗用車(広五り九二三一号以下本件事故車両という)と正面衝突する交通事故に遭い、よつて脳挫傷脳内出血による呼吸麻痺により同日午後九時一五分同市常盤町二丁目尾中病院において死亡した。
(二) 原告らは右郷助の法定相続人であり、モミエは妻、高は長男、重雄は二男、シズエは長女、冨江は二女、須美子は三女、厳は三男、俊子は四女である。
(三) 被告藤井商事株式会社(以下被告会社という)は、生コン販売を目的とする会社で、本件事故車両の所有者であり、これを自己のために運行の用に供する者であつて、梶岡に本件事故車両を運転させて、梶岡自身の業務に使用させていた。
(四) 本件事故の原因は、梶岡が酒気帯び運転をし、かつ、前方注視を怠つた重大な過失にある。よつて被告会社は自動車損害賠償保障法第三条にいう自動車を自己のために運行の用に供する者として、原告らに対し本件事故による後記損害を賠償すべき義務がある。
(五) 本件事故の損害は次のとおりである。
(1) 郷助の得べかりし利益の喪失、金一五九万六一二五円。郷助は明治三九年一月二八日生れの男子で極めて健康であつたから、本件事故に遭わなかつたとすれば、厚生大臣統計調査部刊行昭和四〇年簡易生命表によると、平均余命年数一四・四九年、平均就労可能年数七・二年であり、死亡時の勤務先柏原建設株式会社に向う七・二年間は雇われて死亡前の昭和四二年中一年間の収入額金五一万一〇五七円と同じ割合の収入を得ることができたはずである。逸失利益を算定するには、生存したとすれば支出したであろう生活費を控除しなければならないが、政府自動車保障事業指定査定基準(昭和四二年八月一日附)によると、右生活費等の支出額を控除した純収入額を算出する係数は〇・四七四であるから、郷助の平均年間純益額は計算上金二四万二二四一円(円以下切捨、以下同じ)となる。したがつて、向う七・二年間にわたる郷助の逸失利益は、本件事故発生時において、年毎ホフマン式計算法により中間利息を控除した金一五九万六一二五円(242,241円×6.589)となる。
(2) 郷助の慰藉料、金五〇万円。
郷助は、本件事故に遭つたため、余命一〇年以上の楽しい人生を味わうことができなくなり、受傷より死亡に至る精神的苦痛は甚大にして、金銭に評価しつくせないものであるが、本件事故の態様、梶岡の過失の程度、郷助の家庭環境及び社会的地位等を勘案して、前記金額を相当とする。
(3) 原告モミエの慰藉料、金一〇〇万円。その余の原告の各慰藉料各金三〇万円。
原告らは、本件事故により、最愛の夫又は父にあたる郷助を失うに至り、日夜悲嘆の涙にくれる精神的苦痛は甚大であるから、前記(2)に記載の事項を勘案して、原告ら固有の慰藉料は前記金額を相当とする。
(4) 郷助の葬儀費用、原告モミエ金一五万円、同重雄金五万一五四〇円、同シヅエ金三九四〇円、同冨江、同須美子、同巌、同俊子各二万三二〇〇円。
原告モミエは郷助の死亡により通夜、祭壇、火葬、埋葬、回向等の費用を、その余の原告らは肩書住所から宇部市まで葬儀参列のため往復の旅費を、それぞれ支出しその金額は前記のとおりである。すなわち、原告重雄は、帯広・札幌間国鉄運賃片道二五四〇円、札幌・羽田間空路運賃片道一万二九〇〇円、羽田・宇部間空路運賃片道一万一六〇〇円で往復料金を、同シヅエは、長門市・宇部間往路タクシー料金三五〇〇円、宇部・長門市間帰途国鉄運賃二二〇円を、同冨江、同須美子、同巌、同俊子はいずれも羽田・宇部間空路運賃片道一万一六〇〇円で往復料金を支出している。
(六) 以上の損害につき、(1)郷助の得べかりし利益の喪失金一五九万六一二五円と(2)郷助の慰藉料金五〇万円については、原告ら八名は前記法定相続分に応じて分割した債権を取得し、(3)原告ら固有の慰藉料及び(4)郷助の葬儀費用としてそれぞれ前記金額の債権を有するところ、本件事故については自動車損害賠償保険給付金として原告モミエにおいて金一〇〇万円を、その余の原告らにおいて各金三八万五七一四円をそれぞれ受領しているので、これを前記債権の一部に充当し、原告らは各自請求の趣旨記載の金額につき損害賠償債権を有する。よつて、被告に対し右損害賠償金の支払を求めるため本訴に及ぶ。
二、被告会社代理人の答弁及び抗弁
(一) 請求原因(一)及び(二)の事実を不知。同(三)の事実中被告会社の営業目的の点は認めるが、その余を否認する。同(四)ないし(六)の事実を争う。
(二) 本件事故車両の所有登録名義は本件事故発生の日に被告会社であつた。しかし、被告会社はすでに昭和四二年六月二八日訴外日豊モータース株式会社から新車であるフォードムスタング六七年式一台を代金三七〇万円で買受けた際、本件事故車両を下取り車として一七〇万円に見積をうけ、同年七月八日右訴外会社にこれを引渡し、もつて所有権を移転している。自動車販売業者が、下取り車の所有権を取得し、これを中古車として第三者に販売する際、旧所有者の自動車登録名義を自己の名義に変更しないで、直接第三者に所有権移転の旨変更登録をすることはよくあることである。本件においては、右訴外会社は同年一二月一六日訴外梶岡克敏に本件事故車両を代金一三〇万円で売渡し引渡をすませ、右梶岡に所有者変更の登録をしないでいるうち、本件事故発生に至つたものである。右の次第で、被告会社は本件事故の際本件事故車両の所有者ではなく、自己のために自動車を運行の用に供する者でもなかつたから、原告らの本訴請求に応ずべきいわれがない。
第三、〔証拠関係略〕
理由
一、〔証拠略〕によれば、訴外亡山神郷助は昭和四三年一月一一日午前四時三五分頃山口県宇部市錦町一二番地先道路において、自転車に乗り道路左側を西方から東方へ進行中、訴外梶岡克敏が運転中の普通乗用自動車(広五り九二三一号、フォルクスワーゲン四二年式カルマン一六〇〇、以下本件事故車両という)と正面衝突する交通事故に遭い、よつて脳挫傷脳内出血による呼吸麻痺により同日午前九時一五分同市常盤町二丁目四番五号尾中病院において死亡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二、〔証拠略〕によれば、原告らは右郷助の法定相続人であり、モミエは妻、高は長男、重雄は二男、シヅエは長女、冨江は二女、須美子は三女、巌は三男、俊子は四女であることが認められる。
三、被告藤井商事株式会社(以下被告会社という)は、生コン販売を目的とする会社であることは当事者間に争いがなく、原告らは被告会社が本件事故車両の所有者であり、これを自己のために運行の用に供する者であると主張する。本件事故車両が事故当日の昭和四三年一月一一日被告会社の所有名義に自動車登録のなされていたことは、被告会社において自認するところであるけれども、〔証拠略〕によれば、被告会社は昭和四二年六月二八日訴外日豊モータース株式会社から新車であるフォードムスタング六七年式一台を代金三七〇万円で買受けた際、本件事故車両を下取り車として一七〇万円に見積をうけ、同年七月八日右訴外会社にこれを引渡し、登録名義書換に必要な書類をも同時に交付したこと、右訴外会社は同年一二月一六日訴外梶岡克敏に本件事故車両を代金一三〇万円で売渡す契約をし、その頃すでに本件事故車両を右梶岡に引渡していたこと、右梶岡は、被告会社とは全く雇傭、貸借等の関係がなく専ら梶岡が本件事故車両を自己の用に供し、運転及び管理を行なつていたこと、訴外日豊モータース株式会社は梶岡に対し右登録名義書換の手続を行なうよう促していたが、梶岡において印鑑証明書や住民票抄本がとれないなど書類が整わず、本件事故発生当時いまだ被告会社の登録名義が残存していたにすぎないことの各事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
四、右の事実によれば、本件事故当時における事故車両について登録名義は被告会社に残つていたとしても、その運行支配及び運行利益は被告会社に帰属していなかつたというほかはなく、自動車損害賠償保障法第三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者に被告会社が該当するものとはいえないと解するほかはない。この点において原告らの本訴請求はすでに理由がなく、その余の点に判断を加えるまでもなく、失当として棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 早瀬正剛)